きざし

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2020-4-13

山裾まで白化粧した朝の空気は
凍えるほど冷たくて 空は濁りのない青
風をさけて芽吹きの林の道を歩く

鳥たちがまだ
藪の中や 繁みの枝先に 集っていて
無防備にこちらに気がつきもせず 
シジュウカラ コガラ ヒガラ アカハラ
そのまま気がつかれないように 
そーっと 透明になって眺める
それはささやかな一瞬で
やがて不意に彼らは朝へと飛び立っていくのだ
芽吹き始めたばかりの林の枝の合間を
スーッっと なんだかまるでトビウオみたいに
ほぼ水平から少し高度をつけて抜けていく

”萌 きざし もゆ めばえ 物ごとのはじまりそうな気配
萌芽 萌兆 土を割って出る草の芽
新しい緑を立てる大樹の枝枝のいっせいにそろった芽吹きを見るのは気持ちがいい
1年の月日と自然のめぐみと 深いみずからの用意があって
発するときの あやまたず発するたしかさがある

きざしというのは もののはじめ めだしということのもう一息前のことである
何ものかのおとずれるきざし
満ちてくるもの 張ってくるもの まえぶれ
力の動きがあって まだかたちにならないもの

季節の変わり目や 人と話している時や 物事の間合に
まだ全くなんということもない時に ふと心にきざすもの
微かに心をかすめるもの 打ってくるもの
よろこびやねがいや おそれをかかえ込んだ
いいしれぬときめきのようなもの うごき

心の中にあたためていたものが
何かに触れて あるきざしとなり
それとは一見かかわりのないかたちが生まれる
何の因があって 心のどこを通過して きざし 果 となるのか
黒い土の中にあった種はてんねんの時を違えずに 芽ぶくが
人のこころに深く育っていたものは
待ちもうけている時にはなかなかでてこない


篠田桃紅 ”桃紅”はるの章より

この季節が巡ってくると また読みたくなってノートをひらく
朝の林を歩いた目と鼻と耳と皮膚を
通過して入ってきた感覚が
この文章を読むと 
心のどこかにちゃんと着地していくような気がするから

”思いつきや機知と きざしは 
内面の用意の深さ厚みが違うようである”

そうは言っても
こんな冷え込んだ朝には氷が張って霜が降り
純白の花を失う辛夷の木がいる
一瞬で茶色く濡れて 花と見違うほどの有り様に
こんなこともあるの〜 と
春の章をうたう小鳥たちの
朗らかなさえずりが響く

畑を掘り返して 起こされちゃったカエルくん
その次の一瞬には 
もう冒険に出る決心をしたような顔して

土の近くの
たしかなもの
小さなものたちのきざしと
小鳥の朗らかさに
命の泉に ただ会いにいく時間を
少しずつ増やしてこう

 

 

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