霧と青麦と

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2021/5/18

霧の朝でした
すぐに流れてゆきそうにもない 深い深い霧
雨もいつ降り出すかわからない、でも青麦の景色みたくて歩きはじめる

晴れた日の朝には小鳥のさえずりが若葉に響き渡るのだけれど
今朝の音はすべて、白い霧の中
小鳥たちの声がしないわけでもない
どこかにいる茂みの中で その歌声はそこだけでくぐもって聞こえる
それでもカッコーの声は
霧をすーっと抜けてよく聴こえてくる
白い天空から届く
カッコーカッコー

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青麦のヒゲ先には幾千もの朝露
その穂先を滑るようにツバメが横切る

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それからまた一段と白い霧が押し寄せてきた
10歩先はミルキーホワイトの世界
不思議だなと思う、こんな風に霧に閉じ込められて5m先も見渡せないというのに
なんだかこう、眼に映っている風景が
足元からどこかへ、とつながっている
と深いところで感じたから
ずっとずっと丘を登っていくと一面の麦畑が広がって 
その向こうに海が見える、あの景色に

帰り道はいよいよ霧も深くなって
土手に咲く黄色い花が目印になってくれました
クサノオウ、光のないときに光を放ってくれる愛らしい黄色
一つ、と摘んでから あ、と思い出す
黄色い汁に触れないように 
そのまま朝のスケッチへと 
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展示会中止のお知らせ

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2021/5/13

緊急事態宣言の延長により阪急うめだ美術画廊での展示会は中止となりました。
GW前より祈るような気持ちで見守ってきましたが残念です。

ご予定くださっていた皆様、次の展示の機会を楽しみにしていただけたらと思います。
(まだ未定ですが来年開催もあるかもしれないとのことです)

1日も早く安心して過ごせる日々が戻りますように、医療看護に携わっている方々が心身ともに休める日がきますように。

しばらくは力が抜けたような日々でしたが
久しぶりの朝のスケッチ 藤色の一つ一つが心を真ん中に戻してくれます

 

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アトリエには額があふれてます旅立つのは少し先になってしまったけれど
最後の仕上げ、そして
蝶の 鳥の ものがたりを浮かべながら額装しています。

ジョウビタキくん

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2021/4/25

庭にジョウビタキが毎日やってきます
リキュウバイの枝先に
ユスラウメの枝先に
時にはただの棒先に
そう高くない見晴らしの良いところにとまって
庭をみまわしてぽーっとしてる
気がつくとこっちを見つめてたりする

ジョウビタキは本来は冬鳥(渡り鳥)で
日本で冬を過ごしたあとは 繁殖の季節には北へ、(中国北東部やロシア)渡っていきます。
なのですが、ここ最近八ヶ岳では春を過ぎても見られるようになりました。
特に八ヶ岳南麓 富士見のあたりでは継続的に繁殖が確認されているとのこと

北へ渡ることをやめた小鳥さん、なんだかゆったりしてる、

 

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デンマークの出版社から本が届きました。
小説の内容を読んでから装画を描くのが常だとしたら今回は逆さ向き
表紙絵に選んでくれたこと、想いながら少しずつ読んでみるのもたのしそう。
いつかいつかと夢見ていた本のお仕事
これからもっと機会が増えていくことを願って。

Spring Exhibition

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2021/4/18

春の展示会のお知らせ

2年ぶりの阪急うめだ本店美術画廊にて個展を開催します。
2021年5月26日(水)〜6月1日(火)まで

2020年、何もかもがいつもと違う日々の中で
いつもと変わらず 芽吹き、茂り、蕾は膨らみ花を咲かせ、葉を揺らし色づき、、
励ましてくれたのは八ヶ岳の草花たちでした
遠い景色を思いながら 野草たちを、庭の花を
日々のスケッチを重ねること、心を交わすこと、
それがあったから日常を保てていたような気がします

ずっとずっと前のこと
全てに、(特に人という存在に)向き合うことが難しかった頃
ハーブを育てること、植物のそばにいることが唯一、自分の居場所のように感じて
そうして彼らの姿を描きはじめた頃のことを、思い出したりもしました
じーっと対象を見つめて描くことが 何よりその相手と近しくなれる、
シンプルに心を交わす方法なのかもしれないと
気がついてただ誰のためでもなく描いていた時のこと

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春の章

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2021/4/5

曇りの朝に湖へ

今年の、今朝の桜を美しいと眺めている
その瞳の奥でいつの間にかあの日の桜も浮かんでくる

友人と見上げた桜
泣きそうなのににっこり笑って眺めた桜
冷たい風と生温い風の日と
その日の心模様のようなものまで

美しいなぁと感じる心の内側に
記憶の層があるとしたら
桜はそこを
自在に行き来させてくれる柔らかな何かがあるのだろうか

さむいさむい朝でした
4月の初めはそう
こんなだったのかもしれない
白い辛夷はてらりと薄茶色にうなだれて
背を伸ばしすぎたクリスマスローズも山芍薬の蕾も
不意に冷たい霜に抱え込まれて ただ固まっている、というような
そんな冷たい朝に
なんだか心のどこかでほっとしている、

春の隙間よ、 ねぇもう少しここに、立ち止まっていたい

“ここではふじざくらの小さな花が咲く。
それはようやく芽吹きはじめたから松の丘陵を、点々とかがるように白く咲くのである、、、、、
近づいてみるとから松のまだ短い針葉の緑は粉のように触れれば手につくかと思われるこまやかさである
ふじさくらの小さい花は、ほんの少し紅がかった仄かな言いようのない色合いで咲く。
林の中にいると、この二つの色はお互いに何かを言い交わしているような、色と色の行き交いがあり、吐息とも思われて
春が音ずれるとはこのような息づかいの音なのだと。そしてその音色というものが春の色なのだ、”

”目に見えぬ音色から、目にあざやかな色に移っていく時間が感じられ、
視る緑も、うす紅も、まだミドリ、ピンクという色名で言ってしまってはもったいないような、色合いと言いたい色である”
篠田桃紅 ”桃紅”春の章より

春が訪れるたびに読み返したくなる一節、
また明日、木々の芽吹きに目を澄ませてみよう、思う
さむい朝には目に見えぬ音色がまだ漂っているはず

 

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