小さき声のカノン

P10181171朝焼けが特別うつくしかったのはきのうのこと

大陸みたいな雲が空を横断して

坂をくだったころには

雲はほどけてワッフルみたいに

おおらかな空

小さな紅色の葉片をひろってかえる

 

分厚い雲につつまれていたのは今朝のこと

朝に向かっているのかどうか

わからないくらいに

いつまでたっても暗い(午前4時半くらいだから、しょうがないのだけれどね)

光ではなく グレイのトーンで

スロウに朝がはじまる

 

こういうふうに 日々

空をみあげて

食べられもしない草をつんだり

実をあつめたりして、

透明で清らかな何かをもらってる

日々のいろいろごたごたよわっちくかなしいことあなにはいりたいことがあったとしても

草のまえでは素に戻れる安心感がある

 

 

「小さき声のカノン」という映画をみてきた

(放射能の残る地域に暮らしているせいで)

裸足になって草の上を歩くことが許されずにいた

幼い子が

じぶんの裸の足ではじめて

草の上にたつというシーン。

ちっちゃな足裏の感覚が今目覚めたみたいに

にやーと笑って

それから

「なんか、痛い」という姿。

日々の空を見上げて大きく息をすうこと

きれいだなとおもいのまま草を摘んで帰ること

そういうなんでもないことを

息を殺してがまんしなければいけない子供たちが

あの土地にいるのだということ

を覚えておくこと

小さきの命を大切にするベラルーシのシステムをしる

なにかできること

記しておく日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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