クレマチスの丘にあるIZU PHOTO MUSEUMで
本橋成一さんの写真展「在り処」をみてきました
厳しい環境を生きる人々がいる
そこを在り処として 潔く 慈しみ 愛する人間の姿と表情が
力強くて優しくて素のままで こちらに迫ってくる
人間らしく野太く生きている人々に出会って
居心地がよくて通い続けて撮ってきた という本橋さん
白と黒の美しいコントラスト
「ナージャの村」の写真たちが心に響きました。
ある日の食卓、野原でのピクニック
豚と一緒に並ぶお母さん、
ここへまた戻ってきたくなる写真でした。
今月は本橋film 月間になりそう。
本橋成一さん×関野吉晴さんの在処をめぐるトークイベントから
面白かったのは
関野さんが南米で出逢った現地民族の話。
かれらには世界地図とか外の世界とか、
そういう概念が全くないという
彼らの暮らしにとって その集落にながれる豊かな「川」がすべてであり
そしてすべてのことは その川を基準に考えられている
君はどこから来たんだ?ではなくて
「君はどこの川からきた?」とたずねられたという
だから「多摩川からきたんだ、ってこたえたんだ」と関野さん。
それから 「どのくらいかかってきたんだ?」ときかれたけれど
彼らの数え方の概念は 1ひとつ、2ふたつ、3みっつ
そのあとは「たくさん」という言葉しかないから 5も10も100もみんな、「たくさん」
はるばる遠いところから
10日かかってきた、と伝えるのに
関野さんは月の満ち欠けを示したそう。
「新月からだいたい半月になるくらい、の時間がかかったんだ」
そう聴いて彼らは
「なんだ、○○川とおなじくらいのところだな」といったそう。
みんな当たり前に世界のことを知っているとおもっているけど
自らの感覚と尺度で本当に知っているということは
少し違うのかもしれないなぁ、と。
グレートジャーニーを続けてきた関野さんが最近想うのは
人類が旅をしてきた、のではなくて
弱い者たちがその住み処を追われて
移民として次の地へ フロンティアへと押し出されていったのではないか。
現代のグレートジャーニーの最前線は
シリアの難民たちがドイツへ向かっている
そこで起きていることではないか、というお話。
心に残るいい一日でした。
もう一度見に行こうとおもう。
3月には同じクレマチスの丘にあるビュッフェ美術館にてクートラス展がはじまるし
ヴァンジ彫刻庭園美術館も、、、、NOHARABOOKSも
あの日は霧で真っ白だったクレマチスの丘も歩いてみたい。、
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