デンマーク語でWhat is art?
アートとは何か。というたくさんの(アーティストの)言葉をあつめたアンソロジー集だ。
アートは何かを問いかけるもの。
ただ美しい,だけではたりない。
みたものに、笑いでも悲しみでも喜びでも、なにこれ?という拒否感でも嫌な気持ちでもなんでもいい
うんんんんん?なんだ?これは?という疑問、考えるきっかけををなげかけるもの
アートといわれる作品には解釈とmeaning コミュニケーションがあるべきという考え方
そう、わたしのいちばん得意、、、としない分野。
授業の始まったばかりの頃は
自分がただ美しいと感じたもの、植物や草を描こうとしていることが、
何か足りないのだ、、何か欠けている、、という気がしてしょうがなくて
あえて絵に何かをメッセージのある内容をくわえなくっちゃ、という気持ちになってあたふたしていた。
だってみんなとてもメッセージのある、迫力のある絵を描いているから。
感じた美しさをどうしたら移し替えられるか、どんなテキスチャーにしようか、、、
ということにこだわって、自分の絵がただ雰囲気よく美しい,をめざしているだけにみえて
迷った。
いいな,と心惹かれるモチーフを前に描き始めるときは
何もメッセージや意味など浮かばない
よくすれば
不意にできた水の溜まりやシミや色に、だんだん想いが重なって膨らんで
色も重なって、紙の上でstoryが編まれていくこともあるけれど。
そこにあえて、何か疑問や社会に対する問いかけを盛り込むことは、、、ないし
それは私にとって、、ちょっとむつかしい。

戸惑う日々もあったけど(そう,いろんな人に会って楽しいと同時に自分が揺らぐ。
揺さぶられて、やがて結局自分がそうするしかできない立ち方にもどるのと同じように)
いまはこうおもうようになって落ち着いた
アートとは?という問いかけをすること自体が今の時代の主流なのかもしれないなって。
そうでない時代もきっとあったはず。
みんながアートに何かを込めたら、ギャラリーの部屋はときにとても息苦しくなるもの
メッセージがあるもの、笑いがあるもの、困らせるもの、感動させるもの
そしてただ描いたもの、居心地のいい絵
早朝に出逢った草のしずくを描く 草の重なりの絶妙な色合い
見る人はそこに自分の見たいものをみればいいのだし、子供の頃の庭に出逢ってもいい。
そうおもったら、また静かに描くことができるようになった。結局自分のスタイルに落ち着く訳だけど
きっとこんなに揺さぶられたから、前より少しは
自然な線がうまれるかもしれないことを期待するだけ。
だって自分のメッセージなんかよりずっとずっと
霜をまとった草の 少し傾いた角度のラインのほうが魅力的だし、
それを描きたいと思う気持ちのほうがずっと大きいから。
いつだったか、Leneが一つのページをみせてくれた。
きっと貴方は同感するでしょう、、って。
「Mine ting skal være så stille at høres Curt Asker」
My thing should be as quiet to be heard 私の作品は聞こえたのと同じくらいの静けさでなければならない
そうそう、そうだなぁと予想どおりうなずいていると
ひとこと
「I really like when you /re trying to express a little bit in a strong way ,so you can tell the story」
といわれた。


